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笹倉及介の日記ブログ

娘が重いぞ

娘はいま1歳4ヶ月程度である。10kg程度である。重いぞ。

なぜか僕にだけ、おんぶをせがみ、背中にへばりつくので、しょうがなくおんぶをする。

妻にはおんぶをせがまないようである。

土曜日はわりと元気でせがまれるままにおんぶをするが、夕方には身体の状況が怪しくなってくる。日曜日の朝に疲労が持ち越され、日曜夕方にはぐったりである。月曜にも持ち越される。

土日で背骨と背骨の間の何かの組織が圧縮されて、身長が縮んでしまうような気がする。

新生児のころは3kgとかしかなくて、それから10ヶ月くらいまでは抱っこで寝かしつけないと寝なかった。その時も、重いぞ重いぞと夫婦で言っていたものだったが、今思うと、あのときは軽かった。今は本当に思い。10kgって、米袋だよ。

忍者は毎日子牛を持ち上げて、体を鍛えるという。最初は軽いので持ち上げられる。どんどん重くなるが、毎日持ち上げているうちに鍛えられ、しまいには成牛も持ち上げられるようになるらしい。そんなの嘘だということが実証されている。

娘よ、お父さんだって、君が気の済むまでおんぶや抱っこをしてあげたいぞ。しかし体が持たないのだ。

するけどね。おんぶするけどね。そんなに泣かないで。おんぶするから〜。よいしょ、はいした!おんぶした!いかがですか〜。

子供が生まれてからの雑感

前書き

子供が生まれた。こんなに人生で大きなイベントは無いだろうと思われるし、気づいたこともあったのだった。

誰彼構わず子供の話をしたいという気持ちがあるが、実際に興味を持って聞いてくれる人はあまりいないと思われる。他人の子供の話など、どうでもよいことだからだ。誰しも自分の子供が可愛いに決まっている。

しかし、僕はブログを持っている。こんなにも誰かにとってどうでもよい話をたくさん書ける場は無い。なので、ここに記すことにする。

子供がかわいい

はいはい親バカだね、で済む話ではない。冷静に話をしたい。自分の子供がかわいい、それだけでなく、他の子供もかわいくなった、という変化があった。

近所から聞こえてくる子供の声、かわいい。お店で自分の読める字だけを音読している子供、かわいい。スーパーで母親のお手伝いでカートを押している子供、かわいい。集団で遠足に行くペンギンの集団のような子供たち、かわいい。

しかし、もちろん自分の子供のほうがかわいい。かわいさの次元が違う感じ。かわいさ10次元。結局親バカと言われても仕方がないが、自分の主観的な心情としては、そうなのである。やはり自分の子供のほうが、様々な視点から可愛さを見いだせるのだ。

自分の子供の写真をケータイの待ち受けにしている人が居る。以前は、なぜそんなことをするのだろうか?と思っており、謎の行動だったのだが、今はそういう人の気持ちがわかる。僕は今のところそうしていないが、うっかりそうしてしまうかもしれない。なぜか?かわいいからである。自分の子供の笑顔を見ると、どんな時でも和むし、気が緩むからである。

かわいいの連鎖

そう思っているのは、おそらく自分だけではない。僕も妻も、両親にかわいいかわいいと言われて育ったのだろうし、両親も、祖母達にかわいいかわいいと言われて育ったのだろう。会社の冴えないオッサンも、自分の子供を可愛い可愛いといいながら育てていたのだろうし、オッサン自身も両親にかわいいかわいいと言われ育ったのだろう。

それは人類史のスケールで大昔から続いてきたことであり、今に至るということを実感した。

よくわからなさ

自分の子供は、自分の子供にも関わらず、自分のものではないし、子供という自我を持っている。なんだかよくわからない。なぜ動いているのか、何かを考えているのか、成長しているのだろうか、健康なのだろうか。何もよくわからない。全然よくわからない。だけど、日々少しずつ大きくなっている。

子供が生まれる前は、こんなこと考えもしなかった。

穴の掘りたさについて

今更ながら、僕はどうやら地面に穴を掘るということが好きなようだ、と自覚し始めた。

  • 自分の掘るという作業が、穴という形として残る。
  • やればやっただけ成果となる。
  • 体も疲れて充実感がある。

こういったところが好きなのかもしれない。草むしりも好きだけれど、似たところがあるかも。もしかして農作業に向いているのではないかと思ったりしている。

関連して、僕の趣味の一つにテレビゲームがあるけれど、マインクラフト、テラリアといったゲームでは穴を掘ってばかりいた。建物の建築よりも、土木工事のほうが好きなのだった。

ボードゲーム「海底探検」と出る目の確率について

海底探検、というゲームを友人ら4人で遊んだ。 これが絶妙な感じで確率と駆け引きがいい具合であり、運と頭脳の良いバランスでとても楽しかった。非常に手軽でルールがわかりやすいのも良い。

知ったのは以下のブログです。

meltylove.hatenadiary.com

海底探険
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で、このゲームはサイコロを二個使うのだけれど、普通のサイコロとは違って、一つのサイコロには1~3までの数字が2個ずつ書いてある。そのサイコロを2個降って足した数が出目になるので、出目が1というのはありえなくて、必ず2~6の間のどこかになる。どういう確率で出目が分布するのか、ちょっと考えただけではわからなかったので、表にして考えてみた。それがこちらです。

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縦と横の軸がそれぞれのサイコロを表している。交差するところの足し算が出目になります。見てもらうとわかるのだが、出目が4というのが非常に高い確率で、なんと33%となっている。こういうことを調べるのがわりと好きだ。でも知っていたら有利になるかというと、どうなんでせうね。

続いている習慣

やりたいこと、やらなければいけないことがたくさんあり、仕事の拘束時間が長いなかの合間で好きなことをするためには、時間をどう使うかというのが重要になってくる。

そんななか、習慣として時間を使うことはとても大切なことだと思う。毎日の少しずつの積み重ねが人生を変える事のできる大きな力を持つ、というようなことが色んな本に書いてある。本当にそうなのかな?と思いつつ、そうなることを少しは期待しているところもあり毎日続けている習慣がいくつかある。僕にしては珍しく勉強する習慣も続いていて、我ながらすごいな~と思うので、記念に記録しておこうかと思う。

読書

起きてすぐに布団の中でiPhoneを使って電子書籍を読む

iPhoneを目覚ましに使っていて、それを止めたら10-15分ほどKindleで読書をする。LEDの光を見つめていると目も覚めるのでなかなか良い。

寝る前に紙の本を読む

寝る前にiPhoneで読書をしてしまうと眠れなくなってしまうので紙の本を読むことにしている。これも10-15分くらいだと思う。

読書については、本を読みたいのに読む時間がないのでひねり出しているという感じ。あまり続けようと思っているわけではないが、この時間帯が読むことができるのでなんとなく続いている。

基礎英語1

毎日、夜9時にNHKのラジオ基礎英語1を聞く。 ラジオの目覚まし機能で夜9時に設定していて、残業で遅くならない限りは続いている。

目覚まし機能で勝手に鳴り出す、というのが続いている一番の理由だ。テキストを買って音読をしたりもしてる。

歯間ブラシ

夜に歯を磨くのに加えて歯間ブラシを使っている。歯周病を予防するためには必須だと歯医者に言われ、その後素直に毎日続けている。なんでこんなに続けられているのか不思議なくらい毎日続けている。いまややらないと気持ちが悪い。

日記を書く

これは忘れる日もあるけれど概ね続いている。リマインダーのアプリで毎日寝る前に通知がくるようにして忘れないようにしている。最近はdropboxにテキストファイルを溜め込んでいる。iPhoneとPCの両方から編集できるので便利だ。主にiPhoneで更新している。

草むしりが味わい深い

諸事情あって引っ越しをした。引越し先は賃貸だけど戸建てで、庭らしきものや畑として使えるスペースがあって、家庭菜園でもやろうかと今から画策している。

まだ住んで半月ほどだけれど、雑草がどんどん生えてくるのでこの週末に草むしりをした。そうしたら、草むしりの良さに気付いたのでここに記しておくことにする。

草むしりの良さ

感触

草をプチプチとむしる感触は心地よい。梱包材のプチプチを一つ一つ潰しているのと似た感覚だ。根を深く張っている草を抜くときのブチブチブチッィという連鎖的に音を立てて抜けるさまはとても爽快。土の匂いや草の匂いが感じられるのも良い。

意外性

蟻の巣やセミの抜け殻、地面に埋まっている変な石などがたまに発見されて単純に草を抜いているだけではなく変化がある。

達成感

本来の目的は雑草を抜いて庭を綺麗にするというところにあるが、それは確実にやったらやっただけ成果がある。線を引いたようにここからむしったところ、ここはむしっていないところというように草むしりを意図的にしない箇所を作るのも良い。

そういうわけで、始めるのは暑いし億劫なのだけど、始めたらやめられない止まらないという草むしり。とても魅力のある味わい深い趣味である。

超能力を仕事にしたら

ジョジョの奇妙な冒険第4部に「重ちー」というという人物が居る。
この漫画の登場人物はそれぞれスタンドという特殊能力を持っていて、重ちーはハーヴェストという能力だった。昆虫のような小さなスタンドを無数に出す。自分と同じくらいの人型のスタンドを使う人物が多いなか、重ちーのスタンドは特殊な存在だったし、かなり強力なスタンドとして描かれていた。
僕はこのスタンドが欲しかったのだった。なぜか。重ちーは作品の中で、無数のスタンドを働き蜂のように使いこなし、街中の落ちている小銭を回収し、それを積み重ねてそれなりの金額を稼いでいたからだ。まさに濡れ手に粟。超不労所得。努力せずしてお金を稼ぐことができる。
そういうことを考えながら、会社に通勤する途中であった。会社員は誰だって超能力を妄想しながら通勤する。
そこで僕は閃いた。僕がハーヴェストを使えたら、多くは重ちーと同じように小銭を集めると思うが、気が向いた時にはポイ捨てされているゴミを拾ったりして街中をキレイにしても良いかもしれない。だって他の人よりも圧倒的に楽な方法でゴミを拾うことができるので、そのくらいの善行などわけない。スーパーセレブが資産の一部を慈善事業団体に寄付をするのと同じようなものだ。
おそらく、超能力で何かを拾える人が居たら、ゴミを拾ってゴミ箱に入れるくらい、みんながすることだろう。
と、ここで会社に着いた。

「超能力で何かを拾える人」を集めて、ゴミ収集の会社を作ったら、どうなるだろうか。

ゴミは金になるものもある。古新聞、古雑誌、古本、貴金属やレアメタル、アルミニウム…きちんと分別すれば、売れるものばかりだ。ゴミは宝の山となる。街中のポイ捨てされたゴミを集めれば、街もキレイになり、社会貢献にもなる。素晴らしい事業の会社が出来上がる。
一方、超能力者たちは、1日8時間、週5日でゴミを拾うことになる。どのようにゴミを拾ったら効率的かを考え、利益を優先して行動するようになる。気が向いたらゴミを拾っていた人は、仕事になった途端に嫌になってしまうに違いない。でも生活のために、そこそこの給料で我慢しながらゴミを拾うだろう。
僕は今ブログを書いているけれど、これは気が向いたから書いているだけなのであって、好きでやっているんだけど、1日8時間週5日でブログを書いて収益を上げろと言われたら嫌だろうな…。

結論:好きなことでも、週に5日、一日8時間でやり続けてお金を稼ぐことになると嫌になる。

会社=超能力者

逆に言えば、会社というのは一般市民をまとめ上げ、分業と組織力で超能力的なアウトプットをするためのものなのかもしれない。病気を治す、遠くの人に意思を伝える、遠くまで移動するなどは、超能力的ではなくても現実に可能だ。だがそれは、個人の力ではなく、分業によって可能になっている。