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笹倉及介の日記ブログ

カレーを作るときの雑念・邪念

 今日はカレーを作って食べた。カレーは何度も作ったことがあるし、一人暮らしの定番料理でもあるし、子供のころから好きなメニューなのです。しかし、作っている途中に、思うところも色々とあるのだ。

複雑な気持ち

 カレーを作るとご近所に「ここの家は今夜はカレーだな」と知られてしまうというところに、なんとも言えない複雑な気持ちが生まれる。理解されるかどうかわからないけれど、僕がご近所に対して「今夜はカレーだな」と気づいた場合、なんだか微笑ましい気持ちになるのだが、僕自身はご近所に気づかれたくないのだ。そんな気持ちを他人に思われたくない。すれ違ったら挨拶をするだけの間柄の他人に、今日の夕飯のメニューを悟られてうれしいことなど一つもない。明日の朝、ご近所の人と顔をあわせて、「あ、そういえばこの人は昨日カレーだったんだ。朝ごはんは昨日の残りのカレーを食べたのだろうか」などと思われてたまるか。このカレーは僕だけのカレーだ。僕のカレーのことを他人に考えられたくない。
 かと言ってそれがカレーを作らなくなるほど嫌なものでもなく、結局は作るのだし、そんなに周りを気にしているわけではないけれど、そういう考えが頭をよぎることは間違いない。

こだわりに意味はあるのか

 ジャガイモの面取りだとか、タマネギをあめ色になるまで炒めることだとか、そういうことは自分だけが食べるような一人暮らしの男には自己満足に過ぎなくて、それはとても楽しいが、むなしい。やっていて、果たして意味のある行為なのだろうか。多少意味はあるにしろ、それは手間がかかるだけであまり効果が得られないのではないか。誰かに食べてもらって、喜んでもらえるならばそういう手間もいくらでもかける気になるのだけれど、自分ひとりの場合、おなかに入れば何でもいいのでは?などと思ってしまう。面取りしてもしなくてもどっちでもいいのでは?味に大差はない。
 かと言ってそれをやらないわけではなく、もちろん面取りはするし、あめ色になるまで炒めるし、好きなので色々とこだわるわけだけれど、そういう考えが頭をよぎることは間違いない。

できあがり

 おいしい!