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笹倉及介の日記ブログ

発信側の優位性

唐突に「たこライス、タコ飯、タコスは全然別のものだ!」だとか、「かにカマは、蟹は入っていないし、かまぼこの定義ともずれる!」だとか、そんなことを言われた場合、どう思うか?

きっと、「なにを唐突に……」に続いて、「そういえばそうだ」「そんなわけあるか」「そうなのか」「阿呆か」「意味がわからない」
こんな感じだろうか。きっと賛否両論あると思う。
賛否両論しかないと思う。上記の台詞を受けて、「トマトを電子レンジで丸ごと温めたらおいしいだろうか?」という考えは絶対に出てこない。なにも関係のない考えは出てこないのだ。情報を受信した側は、発信した側にある程度選択肢を絞られている。
少なからず発信側に踊らされているわけです。賛否両論あるだろうということは発信側は大抵わかっててやっているわけだから。発信者は必ず周りに影響を与える。受信側は必ず踊らされる。踊らされないようにするためには、見ざる、聞かざるをずっと続けなければならない。そんなことは不可能だ。

世の中、声の大きいだけの人たちの意見が通りやすく、正直者が馬鹿を見るのは、そういうわけだったんですね。発信者にならなければ、何も起こらない。良くも悪くもならない。

幸せに生きるためにはどうすればよいか?

情報を発信することで、受信者の皆さんに踊ってもらいます。そうすることで、その情報について賛否両論はあるだろうけれど、少しは自分にとって有利な状態になるのではないか。

トマトを電子レンジで温める

つまり、みんながブログを書けばいいのではないか。これほど簡単に、多くの人に情報を発信できる道具は無い。好きなものに触れ、好きなことを考え、それを発信すればいい。書いたもん勝ちだ。発信者になれる。書くことできっと幸せになれると思います。

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