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笹倉及介の日記ブログ

スポンジの気泡を見て思う

台所のスポンジが、連休中実家に帰省していて戻ってきたら、カチコチになっており使い物にならない。何故そんなことになったのかはよく分からないが、物凄く圧縮された状態で乾燥していた。特別なにかに押しつぶされたというわけではなかったのだけれど。
スポンジのスポンジではない部分、なにもない気泡部分を取り除くと、スポンジではない樹脂の塊になってしまう。作る過程でなにかがあそこに入っていたわけで、きっと炭酸ガスかなにかだと妄想している。
「無いことによって在る」というとかっこいい。たとえば、ドーナッツの穴だ。ドーナッツには穴があって、それがどんなに小さい穴でも、穴があればドーナッツだが、穴が無くなってしまうと、別の食べ物になる。竹輪は蒲鉾になる。
だからといって、穴だけの部分をドーナッツの一部であるとするのも難しい問題だ。竹輪の穴をふさぐと蒲鉾になるのなら、穴の部分にだけしか竹輪要素は詰まっておらず、竹輪の実態は穴ということになる。
人間も、竹輪のように消化管という穴があいているし、スポンジのように空間だらけだ。…ということは、まさか…いや特に何か思いつくわけじゃない。すまないが今日は疲れて錯乱している。消化管にご飯と味噌汁とおからを詰め込み寝る。

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