hakanashika

笹倉及介の日記ブログ

ありがとう有料化

今更になって「フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」を読んだ。この本はとてもおもしろい。ビジネスとして利用できるとかそういうことは、僕は起業家ではないからわからないし、起業できればいいとは思っているけれど、そんなことは今の時点では夢物語なのでどうでもいいんだけれど、無料で成り立つビジネスがあり、そういう世界での人間の動きというのが興味深い。無料であると、有料であるときとは全く違った動きをする。無料というのは、サービスを利用しようと思う閾値が、有料の時よりもものすごく低くなる。「ただなんだし、とりあえず登録してみようか」というようにウェブサービスを使い始めるといったことは誰にでもある。


話変わって、最近、会社の人の結婚式に行かなければならなくなった。いわゆる仕事の付き合いというやつである。僕はもともとこういったイベントがあまり好きではなく、ひっそりとなるべく目立たず静かに生きていきたい人間だから、誰かが結婚するのを聞いて「それはめでたいことです」とは思うものの、結婚式に来いといわれても、あまり行きたくなかったりする。


結婚式の何がだめかというと、「ご祝儀を包まなければいけない」という一言に尽きる。本当ならば、気持ちの分だけ包めばよいというはずなのだが、もはや慣例化しつつあり、全然祝いたくなくとも3万円は包まなければならぬと言わんばかりの社会の圧力がある。僕はそういう強制的に空気を読めというものが大嫌いなので、すんごくいやなのだった。


「おめでとう」とは普通に思う。しかし、それに3万円払えるのか?というと、決して払う人はいない。おめでとうというたびにいくらか払わなければならなくなったとしたら、きっとそれが10円でも、言う人は1割くらいになってしまうのではないか。


そこで、タイトルの件である。「おめでとう」ではなく、「ありがとう」とするけれど、その言葉を言うたびに、自動的に口座から料金が引き落とされます。言われた人に入金されます。そういったシステムが導入されたら、世界はどう変わるか?


基本的に資本主義は誰かが誰かに良いことをしてあげて、「ありがとう」と思った人が、思わせてくれた人にお金を払うようなシステムだから、そんなに変わらないかもしれない。でも、ありがとうの重みはかなり増すだろう。「言うのがただ」では無くなるから、「ありがとう」の数は圧倒的に少なくなるだろう。それはそれで世界がギスギスしそうだが、積極的にありがとうと言わせようとする人(=お金を稼ぎたい人)が増えて、経済はうまく回るし、世界の人たちはみんな幸せになるかもしれない。


フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略

広告を非表示にする