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笹倉及介の日記ブログ

「休みの日は何してるの?」という問いに関して

最近、会社では「何を考えているのかよくわからん変なやつ」というのが板についてきました。何考えてるか分かるやつ、という人が居れば、是非とも連れてきて欲しいものだけれど、まあ善意的に解釈すると、どういうキャラとして扱えばよいのか分からない、くらいな意味だろう。
つまり、僕は何を考えているのか分からないから、週末にどう過ごすのかも大変興味のある話題らしく、表題のような質問を聞かれることが多い。でも僕の性質に限らず、一般的な質問かもしれない。
この質問に真摯に答えようと努力するのだが、かなり難しい。そんなこと言われても、人並みで、だいたい同世代の人たちと同じだと思う。知人友人と出かけることもあるし、趣味で写真を撮りに行ったりもする。小説やいろんな本を読むし、インターネットでおもしろい文章や動画を探して一日が終わることもあるし、アニメを一日中見ていることもある。買い物に行ったり、掃除洗濯をしたり。勉強、散歩、図書館、寝倒す、チャット、ジョギング、映画、etc...。とにかく、気軽に聞いてくれるけれど、どう答えて良いのか分からない。休みの日に何をしているかなど、そのときの状況により全然違うのだ。一般化など出来るわけがない。でも最近は写真を撮りに出かけることが多いかもしれない。それだって、割合にして休みの日にしていることの1割も無いと思う。「なんであんたにそんなこと言わなけりゃいけないの」と思うときもある。
しかしながら、この問いは「あなたと仲良くなりたいので、話をするきっかけが欲しいのです」という気持ちが込められているに違いない。僕はそれを踏みにじることは出来ないのだけれど、質問に真摯に答えることも出来ないので「えーと、そのー、あー、うー」と奇声を発して挙動不審に陥り、とても困るのですから、もうちょっと、質問は限定的に、例として挙げるならば、「先週末は主に何をしたの?」「キュウリは好き?」などとすべきだ。そうすれば、答え易くなる。
表題の問いに対して「最近は、写真を撮りに行くことが多いですね」「先週は、図書館に行きました」などと、こちらが勝手に相手の質問を限定的にしてしまうのが良いかもしれないが、それは質問に対して、真摯に答えているの言えるのだろうか? 相手はその答え方でおそらく満足し、会話は続くだろうが、僕自身がどこかで満足しない。そんなことで、質問に答えていると言えるのだろうか? 問いに対して正確に答えつつ、相手も満足するような答えはないのだろうか?例えば「生活」「息」と答えたら相手は憤慨するだろうけれど、正確だ。「だらだらしている」「ごろごろしている」「いろんなことをしている」「遊んでいる」とか答えたら納得するだろうか?
結論としては、この問いは、聞いた方が悪いという悪問であり、話を限定的にせざるを得ない問いであるのではないだろうか。