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hakanashika

笹倉及介の日記ブログ

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか

読書

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)

人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか (新潮新書)


久しぶりにまとまった時間に一気に読書ができた。まずは軽い本からということで、新書に手を出した。

あんまり厚くもないし、すぐ読めるかなーと思っていたけれど、含蓄のある本で、読み応えがあった。

「抽象化」とはどういうことか、ということが書かれている。
「バナナはおやつに入るのか?」この問題を考えるときに、おやつは抽象化されて考えられている。具体的におやつとはこういう物であるという決まりがない、境界線のないあいまいなもやもやした物だから、バナナがおやつなのかどうか議論することができるわけだ。

この、あいまいな「もやもや」が抽象化ってことなんだと思う。
僕は写真が好きだから、カメラにたとえて理解した。この、カメラでたとえるという行為も抽象化だと思う。

凄くシャッタースピードを遅くした写真のような物で、対象が動き回ると、もやもやとした像だけが残る。これが抽象化で、いろんな時間軸の全ての像が一度に写っているのだけれど、もやもやとしてとらえどころがなく、ピンぼけのようにも見えて、全てが写っているように見えて、何が何だかわからない場合も多い。
その逆で、具体化っていうのはシャッタースピードを速くして、その瞬間のものを捉えたものだ。でもその瞬間だけでは全てを表しているわけではなくて、10分後にどうなっているのか、対象はどっちの方向に動いている物なのかとかはわからない。具体化してしまうとはっきりはするのだけれど、抜け落ちる情報がたくさん出てくる。


仕事についても思うところもあった。嫌な上司は、物事を抽象的に指示する。「もっと良い感じにして」とか、極端に言えば本当にそんな感じだ。僕はその人自身ではないので、どうすれば上司のいう「良い感じ」になるのかよくわからないし、目的も背景もわからない。上司自身、自分でも何をどうすれば良くなるのかよくわかっていないのがわかってしまう。良い上司は、ある程度抽象的ではあるが、もう少し具体的だ。「ここをこういう風にすると、こうなるから、こっちのほうが良いんだ。だからやれ」という風に、ある程度具体化して指示をくれる。そうすると、僕も目的や背景が理解できるし、「そういうことなら、わかりました、やってみます。」となり、上司が何をしたいか、何を僕にして欲しいかが理解できるから、「もしかして、こっちのほうが良いのではないですか?」などと反論もできる。「このフォントを20ポイントにしろ。」というふうに完全に具体化してしまうと僕は「わかりました」と言ってその通りにするだけで、ただ言われたとおりにするだけで何も考えない。

ぼんやりした、抽象的なものの考え方で議論をするときは、ある程度、どういう定義にするのかを考えて、もやもやをある程度はっきりさせないと、話が食い違って来てしまうなぁ、と思った。気をつけよう。

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